こころばの「無声の声」

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Bill "Tappy" Tapia(旧年&新年のご挨拶に代えて)

御歳なんと101歳!!

素晴らしい!!

僕らも、こんなに歳とっても、ステージに立っていたいなぁ…

Bill "Tappy" Tapia

Billさん見習って、2010年も頑張ろう!!



今年もお陰様で無事に1年を過ごすことができました。

皆様には公私共に色々お世話になりまして、ほんとうにありがとうございました。

2010年も、こころばを、どうぞよろしくお願いします(^^)


by まんぼー&bonchan
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by kokoroba_mm | 2009-12-31 10:17 | アーティスト

茶色のニット帽(後半)

bonchanのお父さんと初めて会って、さすが江戸っ子だなぁと感じたことがありました。

当時の僕は長髪で、後ろで髪を結わえていた「40歳過ぎのフリーター(に成り立ての)男」でしたが、娘と付き合うそんな男に対しての文句が本当に一言も無かったことでした。あの時の電話での怒号が嘘のようでした。

とても和やかな時間が過ぎて、それでは帰りますという段になって、お父さんからプレゼントがふたつありました。

ひとつはお父さんと亡くなったお母さんが大切にしていたペアグラス。そんな大切にしているものを?とbonchanが言ったら「だから、君達にあげるのさ。おめでとう。」と。

そしてもうひとつは、買ったばかりだったという茶色のニット帽。お父さん自ら僕に被せてくれました。

そして一言。

「娘をよろしくお願いしますね。」




その次に会ったのは、お父さんが自宅で倒れて入院したという知らせが来た、その年の夏でした。

bonchanに連れられてお父さんのお見舞いに行った時見たのは、片半身の自由が利かず、起きることも話すことも不自由な思いをしている姿でした。

はじめて電話口越しに聞いた時の威勢の良い江戸弁口調も、正月に見た元気な姿もすっかり影を潜めていました。

ゆっくりゆっくりと出てくる言葉も、笑いながら、でもまるでこの先を覚悟しようとしているかのような、少なくとも希望は感じられない弱々しい言葉ばかりでした。

それでもお父さんは、この時だけはハッキリと、この時だけは僕をじっと見つめて…

「娘をよろしくお願いしますね。」

そしてそれが、お父さんが僕に話してくれた最後の会話になりました。

お父さんが亡くなった知らせが来たのは、同じ年の秋でした。




冬の季節のために、ニット帽はいくつか持っています。
bonchanのお父さんからもらった茶色のニット帽もその中のひとつです。
だから他人が見ても「普通の茶色のニット帽」という以外何にも気付かないでしょう。
でもその茶色のニット帽を被るたびに、僕の耳にはお父さんの声が聞こえてくるのです。


「娘をよろしくお願いしますね。」


bonchanと初めて出会って、今日で4年になりました。


by まんぼー
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by kokoroba_mm | 2009-12-29 22:34 | mixi日記より

茶色のニット帽(前半)

「俺はそんな男連れて来ても会わねえぞ!!」

bonchanのお父さんの声を初めて聞いたのは、彼女の携帯から、少し離れていても洩れてくる声がハッキリ聞こえる、歯切れの良い江戸弁口調でした。

今度の正月にお父さんに会わせたいとbonchanが連絡をしたのですが、要は「40歳過ぎても定職の無い男が俺の娘と付き合ってる!?ふざけんな!!」ということで会いたくない、と。

電話した時点ではまだ会社員だったのですが、その年の12月で自主退職することが決まっていたのです。

しばらくは怒りの口調で「会わない!!」の一点張りでした。
やり取りを見守るしか無い僕とお父さんを説得するbonchanがいた部屋の空気は何十分もずっとピーンと張り詰めたままでした。

「凍りつく」という空気感は正にあのことを言うのでしょう。

が、どういう経緯で付き合うようになったかを一生懸命説明してゆくbonchanに、少しずつ耳を傾けるようになったお父さん。

最後はもう電話口越しからは何も聞こえないぐらい静かになりましたが、彼女が言うには「わかった。お父さんはもう何も言わないから、連れて来なさい。」とのこと。

そして次の年の正月、bonchanのお父さんに初めて会いました。


by まんぼー
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by kokoroba_mm | 2009-12-29 22:32 | mixi日記より

世界中のお母さんに宛てた詩

なのだろうなぁと思いました。

ニュージーランドのとある場所に掲示されていた詩だそうです。




「今日」

今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベットはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは
だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが
床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだと思う

人に見られたら
なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした。それはきゅうと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね。たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって。

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ。

(伊藤比呂美 訳)



by まんぼー
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by kokoroba_mm | 2009-12-19 11:56 | 詩と言葉

介護ボランティア

オススメです。

ヘルパーや介護士の資格を取って本格的に働くのも良いですが、
それより是非ボランティアで体験してみてください。
きっと人生観に良い変化が芽生えるはずです。

今週、高齢者介護の研修に参加しています。

デイケア、訪問介護、特別養護老人ホームと、色々な施設に伺っています。

とある認知症の利用者さんに声かけをさせてもらいました。
時折頷いたり目線をこちらにゆっくりと合わせてくる程度で、
お話は一切ありません。

声かけさせてもらって10分ぐらい経過したでしょうか、
やっと利用者さんがお話しを始めました。

「私…どうしてここにいるのか、なにをしているのか、わからないんです…」
「みなさん(職員/別室にて介助の支度中)部屋からいなくなっちゃったの…?
あなたもいなくなっちゃうんでしょ…?」

その繰り返しでした。

参加する前に「講座で学習したぐらいでは、現場に立っても何の役にも立たないよ」と
講師の方が言われていた意味がよくわかりました。

座学で習った「傾聴の基本」なんて、本当にもう関係無くなります。
ただただ必死で利用者さんのお心を察し、受け止めることだけで、精一杯でした。

例え認知症でも知的障害でも身体障害でも、人は誰でも精一杯今日を生きて、
自分の「存在」を訴えているんです。

訴えが伝わりにくい分、健常者とは比べ物にならないぐらい必死になって
心が訴えているんです。

今週一週間、「生」の生々しさをたくさん目の当たりにし、
また色々と考えさせられることがありました。

利用者さんから教えて頂いたこともたくさんありました。

正式なお仕事の道としての「お試し版」の意味合いも、今回あったのですが、
傾聴ボランティアに深く関わってみようかなという思いがとても強くなっています。


by まんぼー
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by kokoroba_mm | 2009-12-11 01:09 | こころ

髭剃り

かがみを じっと みつめて
ひげを きれいに そった

それにしても
むねのおくの
この ぶかっこうで きみわるい そりのこしは

いったい なんだ
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by kokoroba_mm | 2009-12-03 20:38 | こころば詩集(私信編)



日々の想いを言葉に代えて
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